ひとりの道標

結婚できないひとり専門家、ひとり力を高めよう

幼稚と呼ばれた男

アイスクリームに寝転んだ男に始まり、悪ふざけ投稿がブームになっています。暑いから冷凍庫に入るなんて発想はおっさんそのもので、エアコンすらない貧しさから冷蔵庫に入りたいと思った僕に似てるな。まさ、一言でいえば幼稚なんだ。

幼稚という言葉は使われなくなった?

猫の鳴き声 衝動に襲われることはままあることで、それを行うかどうかはその人に委ねられる。不思議なものでダメと釘を差されるほどそれをしたくなるのだから、人間とは愚かで間抜けで馬鹿。アイスクリームに寝そべるなんて、エアコンがまだ普及していない時代の欲望であり、アイスクリームに寝転んだ男は何かが貧しい人なんだろうね。 アイスクリームやハンバーガーに寝そべった男など、連続した行為は悪ふざけとして報道されました。もっとぴったりな言葉、幼稚であるとは殆ど表現されません。ふと思えば、幼稚という言葉を殆ど聞かなくなりました。彼らを避難するのなら幼稚が最適だと思うのだけれど、何か自主規制でもあるのか!?

幼稚とされたもの、今は文化だもんね

ビートルズ世代は、エレキギターを持つと不良と言われたそうだ。僕らの時代日本の地域によっては、ゲームセンター、喫茶店、映画館など入るだけで補導の対象だった。漫画、アニメは勉強の邪魔であり幼稚なもの、それが今ではクールジャパン。アイドルに夢中になるのも幼稚とかね。30年ほどの時の流れは、幼稚と諭すのではなく例えば新聞はためになると逆説的。 つまり、幼稚とは子供っぽさの象徴だったのだが、今では子供っぽさをずっと抱えて大人になる。大人とは?とか子供とは?なんて、明確な区切りが年齢だけになってしまった。身体も心もそうなのだから、どんな事が幼稚であるか言い様がないのだ。

昭和50年代の感覚ならこんなものは幼稚だぜ

・自治体が知恵を絞ってゆるキャラ開発。 ・アイドルにハマる30代以上。 ・漫画を20歳を超えても読んでいる。 ・ら抜き言葉の日常化。 ・お箸を上手く使えない。 ・スカートめくりは子供の特権だが、大人になって盗撮する馬鹿。 なんだろうね。全く見えない理想の人格とか人間像が、当時の教育者や親には見えていたのだろうか。教育されていた側の僕は、今で言うウザイがぴったりの表現だったのだ。しかし、現代の子供のウザイと僕の時代とでは親の時代背景が全く違う。 アイスクリームに寝転んだ男の、親世代の子供の頃の記憶はまさに僕ら世代とリンクする。高度経済成長を知らない勉強しなさい世代。一方、僕の親世代にとってリアルな子供時代の記憶とは戦争。子供の頃の記憶の差が、何か見えない偶像を作り上げている。

子供のコミュニティの特徴は狭いこと

子供は幼稚が故にそのコミュニティは狭い。それはアイスクリームに寝転んだ男も共通なのだろうか? ただ、現在のコミュニティが容易に狭くなることは否定出来ない。自分と色々とレベルの等しい人が集まる自分の社会。枠を超えて人と知り合うチャンスがインターネットの魅力だが、知らない幼稚さがアイスクリームに寝転んだ男の特徴かな。一般常識を持つ人が大多数の社会だから、目に付けばこれはダメだろって。 ただ、人にはとてつもなく馬鹿馬鹿しいことでも、瞬間的にそれを正解と思う時がある。これが何とも不思議なんですよね。仲間なんて意識もそれに一役買うのかも知れないが、今も昔も悪いことをすると誰かがみているのだ。